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「学校に行きたくない」不登校の子供達、高い学歴を誇っても職に就けない学生達、頑張り続けた挙句、仕事が嫌いになった大人達。私達日本人は、これからの時代、一体何を信じたらいいのでしょうか。
現代は、先の見えない不安定な時代です。こんな時代に、小学校しか卒業できず、学校からも両親からも見放され、パニック障害と言う神経症を抱えた一人の男性が、「心に届くオンリーワンのモノづくり」と題して革製品をつくり続け、たくましくも温かいメッセージを送っています。彼が作る革製品は、モノ余りのこの時代に、多くの人の心を掴んで離しません。
学校では教えてくれなかった、「もう一つの生き方」。皆さんにも是非知って頂きたいです。

はじめまして、足立ひろしです。愛知県の豊田市で小さな革製品工房をしています。携帯ケースや、ipadケース、手帳カバーやバックなど「心に届くオンリーワンのモノ作り」、この言葉を胸に、一切の妥協無く革製品を製作しています。有名モデルさんに使って頂いたり、TVからの取材を受けたり、今では毎日のように、作品を手にしたお客様からの感謝や感動、励ましのメールをいただきます。モチベーションをいただいてるのは、こちらの方なのにとてもありがたいです。

革製品の製造販売をする前は、バリ島家具専門店ROBINをオープンさせ経営していました。最初は誰にも言わず、ひとりでバリ島に渡り家具を探しましたが、バリ島家具がどこに売っているのかすら分からず途方にくれた事からの出発だった事を、昨日のように思い出します。私は、中学校を中退しましたので、学歴はまったく無く、頼りになるのはいつも自分自身しかありませんでした。もちろん、最初はまったくできませんでした。行動しなければ何も変わらないという事が分かっていても、先の事を考えると怖くて何もできない日々が何年も続きました。しかし、私には学歴が無いのです。躊躇している暇は無い事に気づきはじめました。思い切って自分の殻を破る時がきました、、、

そして、その後私はバリ島家具専門店をオープンし、今ではもうひとつの革製品の製造販売業をしています。私が中学を中退してから今日までに学んだ事は、実はたくさんのようで、ほんの少ししかありませんでした。もっと言うならば、あるひとつの事を学んだだけだという事に気づいたのです。そのひとつの事を、私はここでみんなと共有し、共感していければと思っています。ココで気づきみんなで学んだ事で、新しい一歩を踏み出すキッカケになれれば嬉しいです。


「奇才」足立ひろしが繰り出す世界観

「わ!、、、何コレ!!カッコイイ!」
「キャ~!可愛い!」
「革製品なのに、見たこともない新しいデザインだね。」
そのブランドの革製品を手にした人々は、オーダーした商品の出来栄えを確かめいつも歓喜の声をあげる。

豊田市の中心部にCANDy BLOODはある。
バリ製の重厚なブラウン色の特注ドアを開けると、店内の独創的な空間が目の前に拡がる。

一見、特別なデザイナーが設計を施したかのように見える店内だが、実は全て、店主の足立が手掛けた空間だ。

このお店では、型にハマったような接客がない。
まるで友達や知人たちと話す感覚で、話に来たり、相談に訪れる人も多い。もちろん何も買わなくたって居心地が悪くなる雰囲気はまったく無い。


店のカウンターの奥には、一台のミシンが置いてある。
エルメス、グッチ、ヴィトンなど
世界の名だたるブランドを虜にした伝説のミシンPFAFF(パフ)。
今では扱える人も少なく、希少性も高い。
その日は丁度、月に一度のミシンの修理日だった。

油を差し、ベルトの痛みを確認しながら
修理に訪れた男性がそっと言った。

「足立君も、立派になったもんだね。」

そのミシン修理の男性こそ、日本の縫製技術を引き上げてきたミシン業界の第一人者といわれる
渡辺工業ミシン商会の渡辺進氏である。
今でこそ、世間から認められるようになった足立だが、彼の人生には、苦難と困難が押し寄せる。
そして、その経験こそが、「心に届くモノづくり」と言う、今のCANDy BLOODの根っこにある
精神を養っていったのである。

 

育ちは、更生施設の中

「もう家に帰らせて下さい。」

「バカかお前!」
「じゃあ、児童相談所の先生に会わせて下さい。」

「お前に会いたい奴は誰もいないんだよ!」

小学校を卒業した足立は、手のつけられない子供として両親から見放された。

そして、愛知県では有名な更生施設に入所させらた。

更生施設とは、一般の人にはあまり馴染みのない場所であるが、「いわゆる札付きのワル少年達が、人生の更生を託されて送られてくる」そんな場所である。
今の教育現場では考えにくいが、ルールを守れない学生達には教師からの容赦ない罵倒が繰り返される。

足立は、自分がいる場所に言葉も出ないくらいのショックを受けた。教官から睨み続けられ誰からも優しくしてくれない日々が続いていく。

そして、中学中退

更生施設での暮らしが終わり、地獄の様な環境から開放された。

足立が中学校に戻ると、すぐに校長先生から呼び出しがかかった。

校長先生は、初めから何かを決めていたような素振りだった。
足立を前にすると、一気にまくしたてた。

いつもなら、聞き流した校長先生からの罵倒。

「どうせ我慢して聞いてりゃ終わるから・・」

しかし、この日の最後の言葉は足立の生涯で忘れられないものとなった。

「お前が学校に来ると、他の生徒に悪影響だ!!もう二度と学校に来るな!!」
義務教育をまともに受けることもなく、足立はわずか15歳で、安全に整備された日本と言うレールの上から、完全に切り離されてしまうことになったのである。

足立ひろし

自立支援施設での生活後、中学中退を当時の校長先生から言い渡される。15歳から社会に出るも、心身障害など、数々の挫折を味わう。必然的に、20歳から運送業で自営を開始。
その後、バリ島家具の専門店「ROBIN」で、数々のテレビ出演を果たした後、天性であった「モノ作り」に辿りつき、革製品工房「CANDy BLOOD」を立ち上げ、奇跡の様な巡り合わせを通して世の中に出て行く。

手取り3万円の初任給

足立が、中学を中退すると、友人達も離れていった。
あの更生施設と同じ、たった独りの自分。

強がっていてもまだ15歳。自分一人で生きていくには経験も知識もない、あまりに無力な子供であった。

ふさぎ込むのを止め、足立は地元の小さな中華料理屋で働き始めることにした。

「おい!坊主!これやっとけ。」

お店では、誰も容赦してくれなかった。

早朝から深夜まで、皿洗いと掃除の繰り返しの日々が続いた。
体が棒になるくらいまで働き続け、ようやく最初の給料をいただく。
初めて手にした給料は3万円。

その頃は、「将来自分がどうなりたいのかという、疑問すら浮かんでこなかった」
と足立は言う。同時に、彼は人生に対する希望も、他人に対する期待も、怒りも、感動でさえも、人間として生きていく上で必要な「感情」が失っていった。

何も考えたくないし、何も考えられない。
彼の心の中を、唯一支配していたもの、、それは、「孤独」であった。

容赦なく時は流れ、もちろん中学校の卒業式にも呼んでもらえず、彼の存在は無きものへと変わってしまった。

地獄の日々

成人を迎え、何とか人並みの生活が出来るようになったある日、足立を不幸が襲った。
車の運転中、突然の発作に見舞われたのだ。

『なんだこれ。どうなっちゃうんだ・・・』

急に目の前が真っ暗になり、心臓が激しく高鳴り、真夏なのにガチガチと寒くて震え出した。
体が思うように動かず、前の車に後数十センチで追突する寸前に急ブレーキをかけた。

それを観た周囲の人達は、驚いて足立を見ていたが、彼の形相に驚いていたようだ。
足立が、ルームミラーに目をやると、そこにはゾンビの様にげっそりと痩せ細った自分の顔が写った。

病院に行くとすぐに病名が判定した。

『パニック障害』。今でこそ芸能人のカミングアウトなどから知れ渡った病名だが、当時はまだ聞きなれない言葉だった。どうやら強い不安感を主な症状とする精神疾患のひとつのようらしい。

この病気は、かかったものにしか、その恐怖が分からないと言う。

足立は、突然起こる発作や、痛みをイメージするだけで外出もまともに出来なくなっていった。そして、引きこもりの生活が始まる。それでも、足立は薬による治療を断り、通院もせずに独りで治そうとこの時決心したと言う。

毎日誰とも会う事も無く、眠る事ができなくなり、ウトウトすると毎回恐ろしい夢を見て飛び起きる。

『一度ゆっくり眠れたら、もう死のう』

生きた地獄のような毎日だった。

足立
「あの頃は、先の見えない人生ゲームをたった独りでやっているようでした。食べる事も眠る事も、性欲も、承認されたいという欲望さえも消えていったんです。」
「ただ、そんな独りの状況でも、ひたすらやり続けたことがあったんです。それがモノ作りでした。」

何かしらのモノ作りをしている間は、心が落ち着きを取り戻した。
そして足立は、次第にモノ作りへと没頭していく。

最後の壁~覚悟からした瞬間から、全てが変わる~

毎日の発作に耐え続け、ひとりぼっちで3年が経過した。
少しは、この病に対して慣れてきていたが、でも、最後の壁を乗り越えなければ、これからも恐怖に負けてしまう事になるだろう。

そして、ある日足立は決断した。
『最後の壁を乗り越える日は今日だ』と。

最後の壁は何かと言うと、それは「トンネルの中の渋滞」だった。
もともと、その発作も逃げ場のないトンネルで突然起こったものだった。

ここを乗り越えなければ、また恐怖に怯えた生活になってしまう。

足立は、それまで、何度も克服しようと思って、渋滞中のトンネルに入っていこうとした。 が、入り口に近づく度に、ハンドルをきって引き返した。あまりの怖さで近づけないのである。

そしてその日がやってきた。

「今日こそは」と覚悟を決め、真っ暗なトンネルの入り口に差し掛かった。
前を見ると渋滞はしていないようだった。

「ホッ」として、前に進もうと思うと、だんだん車の流れが悪くなっていく。
スピードメーターは、時速20kmまで落ちていった。

思わず、唾を飲み込み、首筋には妙な汗が流れてきた。

渋滞が始まってしまった。

「やばい・・」

前方には、赤色のテールランプが続いている。 閉じ込められそうな恐怖感が一気にこみ上げ、足立は、慌てて車をバックさせた。

すると後方の車から大きなクラクションを鳴らされ、我に返った。

『そうか、ここはトンネルだ。逃げ道は無い。前進する事でしか、ここから脱出する道は無いんだ。よし!こなったらどうにでもなれ!』

そう思った瞬間、足立は、不思議な感覚を味わった。
それまでの恐怖感や不安が、まるで嘘のようにスーッと消えていったのだ。
渋滞の流れを慎重に見ながら、ゆっくりと呼吸を整えて、前の車に続いた。
そして、出口が近づくと、そこには夕日に光輝く美しい街並みが現れた。

足立
「どうしようもない、逃げ場の無いところに立たされた時に人は初めて退路を断つことができるんだと思う。人生でも同じ事が言えると思う。」

その後、バリ島家具屋をオープンさせる。

モノ作り、始動

CANDyBLOODの始まりは、一風変わっている。

当時、バリ島家具屋のスタッフの田中が、毎日携帯電話を落とし、本体がボロボロになっていた。
田中の携帯電話を見て足立が彼女に言う。
「携帯ケース買って、それに入れたら?」
しかし、インターネットで色々探しても、どこにも田中らしい、可愛い携帯ケースは売っていなかった。

「それなら俺が作ってやる。」

これが足立の天性の才能を活かした、自社ブランド「CANDy BLOOD」の始まりだ。

携帯を入れるための革を買い、足立自らの手で縫っていった。
それは、手馴れたものだった。

たった数時間で田中専用の携帯ケースが完成。
携帯ケース専門店、CANDyの初めての作品だ。

サイズは、田中の携帯電話の機種に合わせてあるので、ジャストフィットした。これまで市販の携帯ケースを幾ら探しても、田中の携帯にフィットするものがなかったので彼女が使いやすいように配慮した。

また、足立は、田中がよく携帯をカバンの中で探す光景を目にしていたので、彼女が携帯を探さなくてもいいよう、首からぶら下げられるアクセサリーテイストの携帯ケースに仕上げた。
そして装飾も、本業がモデルであった田中のイメージを落とさないよう、スワロフスキーを取り入れ上品で華やかなイメージに。

今でもCANDyの携帯ケースづくりの根っこを支える想い、

・世界に一つだけの
・あなたの個性にピッタリと合った
・デザインと機能性を併せ持つ

そんな携帯ケースが生まれた瞬間でもある。

こうして、CANDyの携帯ケースの第一号は、スタッフの田中のために作られた。

そして、そのケースづくりの過程で、学校では教えてくれなかったこと、「自分の才能に気付いて、開花させていくこと」の魅力にはまっていった。

「可愛いーー!」意外な反応

最初に作った携帯ケースを、田中が使い出した初日。
「可愛い~この携帯ケースどこで買ったの?」
「携帯ケースって可愛いのが売ってないんだよね」

田中
「そうでしょ?だからこれ、彼が作ってくれたの。」

「えぇ~!?私の も作ってくれないかなー?お金払うから!彼に聞いてみて!」
モデルを務める田中の携帯ケースを見た人が、次々に同じ事を言った。

そして、1ヶ月でなんと30個以上も注文が来てしまった。
田中からの売り込みを一切していないにも関わらず。

また、注文を くれる人が口々に言ったセリフがもうひとつあった。
「これ、みんな欲しいと思うよ。ホームページ作ってみたら?」

携帯ケース専門店CANDy - 商品ホームページはこちら

突然、舞い込んだTV出演

足立
「僕は、もともと機械音痴で。注文をくれた、田中のモデル仲間や、知り合いからホームページの話をされても、正直さっぱり分からなくって(笑)。
でも、みんなが言ってくれるんだったらとホームページを作ったんです。」

すると、間もな く、思いもよらない展開になっていった。

「あのー、もしもし、こちら○○テレビですけど。」

「はい。何かご用ですか?」

「CANDyさんのことを、ホームページで知ったんです。」

「はぁ」
「取材させていただきたいのですが・・・・」
「・・・・・・・・・・」

足立には信じられない。

「何でうちなんですか?うちは、ホー ムページだけでやっててお店も無いのに・・・」
すると、テレビ局のディレクターは言った。

「今度の番組の企画にピッタリなんです。全国の携帯ケース屋を探したんですけど、CANDyさんだけですよね?携帯電話の機種に合わせて作ってくれて、しかもこんなにも可愛いものを作ってくれる所は。」

パソコンが壊れた??

生放送のテレビ番組で、足立はスタジオに招待された。
そこで、CANDy BLOODの携帯ケースが大きく取り上げられた。

その日のゲストは、長谷川理恵さん。
足立は、前もって長谷川理恵さんの携帯電話の機種に合わせ、携帯ケースをプレゼントした。

司会の辺見えみりさんも「カワイーー!」っと足立の作った携帯ケースを押してくれた。

「はー、緊張した・・・」

テレビ局の収録が終わり、足立が帰宅すると驚くべきことが待っていた。

「あれ??」

「パソコンの調子が悪いのかな。」

カタカタ・・・・パソコンを開くと、受信メールがずっと流れ続けている。

足立
「テレビ出演の後、注文メールがず~っと流れ続けて止まらなかったんです。
最初は、パソコンが壊れたーって本気で思ってたんです。」

結局、その番組の放送があった日だけで、一気に200個以上の注文が入ってしまった。
そして、その日から徐々に携帯ケースの専門店、CANDyの名前が知れ渡っていった。

足立が、大好きなモノ作りを天職とした瞬間であった。

足立
「正直、感動で胸が震えました。自分の大切な人のために作った携帯ケースが、こんなにも多くの方に支持されていくんだって。注文をいただいた人、テレビ局の方、仲間、ここまで支えてくれた人達に心から感謝せずには居られなかったです。」

学歴があったら、足立はどんな人生をおくっていただろう?自分で切り開いて歩いて行く人生を送っていただろうか?

 

1台のミシンとの出会い

ありがたいことに、スタッフの田中のためにと、つくったお手製の携帯ケースは、その日から注文が鳴り止まなかった。

これまでの人生での苦労、そして、自分へのコンプレックスが救われていった。

「こんな自分でも応援してくれる人がいる」
足立はその気持ちに応えたくて、数ヶ月夜通しの作業を続けた。

当時の、足立の裁縫は、完全な手縫いであった。

しかし、それでは、数が追いつかない。そこで、思い切ってミシンを導入することに決めた。

そのミシンを紹介してくれたのが、日本の縫製業界を陰で支えてきた、渡辺工業ミシン商会の渡辺進である。渡辺は、工業用ミシンの世界では、知る人ぞ知る重鎮だ。

その渡辺が、足立に勧めたミシンが、PFAFF(パフ)である。 エルメス、グッチなど世界の名だたるメジャーブランドが愛用している工業ミシンだ。

しかし、PFAFF(パフ)は、扱いがとても難しいことでも有名だ。

渡辺から 「まー、使いこなすのに2年はかかるだろ。慌てずじっくりやってください。」そうアドバイスを受けた。

生まれて初めて手にした、自分だけのミシン。 足立は、このミシンに人生の全てをかけることにした。

足立 「どうしても、ミシンをマスターしたくて。没頭するってこのことだったんだって気がつきました(笑)。」

目と耳と、手の感覚を使って、全身で機械の音を拾うように、注意深くミシンと呼吸を合わしていく。

なれない作業だったが、次第に、ペダルの踏み具合や糸の締め具合、針の進み具合が整ってきた。
縫製の世界は、1mm単位のズレが許されない厳しい世界でもある。

しかし、このミシンの虜になった足立は、使い始めてからわずか1ヶ月で完全にマスターしてしまった。今でも足立のミシンは、修理をあまり必要としない。足立はそれを、「ミシンの状態が、自分の体の一部のように分かるからだ」と言う。

後に、渡辺がこう語った。「このミシンをここまで短期間で丁寧に使いこなせる奴は、見たことがない」。

 

常識をぶち破るCANDy製法

足立の携帯ケースづくりは、独創的だ。
デザイン面では、スワロフスキーをアクセントに使いながら、一見派手とも言えるカラフルな仕上がりにしていく。

足立
「お客さんの話を聞きながら、隠れた個性を引き出すようなカラーを使っていきたいんですよね。」

また、素材においても、ワニ革、ヌバックなど、携帯ケースや革製品としては、扱いにくいような素材を自由に組み合わせていくことも多い。

足立
「みんなと同じものじゃ嫌だって方が結構いらっしゃって。」
中学を中退し、自己責任で生きてきたからこそ出来る柔軟な発想かもしれない。

CANDyの製法で、もう一つ外せないのが、素材の裁断の仕方にある。
普通、小物入れなど、小さな革製品をつくるには、カバンなどの大きなものを切り取った後に残る、革の破片を集め、ミシンで縫い合わせて制作することが多い。

ところが足立は、携帯ケースを一つ作るにも、1枚の大きな革から、全体を切り取っていく。
これが、足立の考案した、「包み込み方式」だ。

足立
「最初は、革を継ぎ足して作っていったんですけど、それだと、ケース自体が立体的にならなくて。で、ある日、1枚の革で全てを包み込む方法で、携帯ケースを作ってみたんです。そしたら、これまでにない、全体がふっくらと丸みを帯びた形に仕上がったんです。で、思わずこれだ!って。」
この包み込み方式で、CANDyのブランドイメージが一層固まった。
Jリーガーである某選手の愛用品として、今でもこの「包み込み方式」の携帯ケースは、使用されている。
そして、足立がこの方式を思いついた後、楽天では、CANDyのコピー商品が出回るようになった。

何をやるべきか分かっているけど、どうしても一歩が踏み出せない方へ

今、足立は、新しく行動するための『行動塾(仮名)』を立ち上げた。 その塾は、これまでの自分のやり方ではどうしても超えられない壁を打ち破っていくためのもの。
みんな同じような壁につまずいている人が集まって最終的には行動して壁を打ち破れるようになるのが目標。みんなで背中を押し合って、同じ悩みやつまずきを、共感し傷の舐め合いをするのではなく、『このままでは今までと何ら変わらない』という事に気づいていく塾だ。


取材の最後に、足立に、メッセージと言う形で語ってもらった。

ここまで長い文章を読んでいただいて、本当にありがとうございました。

僕は、学歴では小学校卒業で終わりました。
そして、心身障害にも悩まされました。

たった独りで生きている感覚に襲われたことは、何度もあります。

僕自身も、中学を中退し両親に心配をかけました。

ただ、今、こうして小さいながらも、社会で働かせていただきながら感じていることがあるんです。

それは、結局、振り返ってみると、過去の良くないと思っていた出来事の全てが僕に必要な事であって、自分の人生と言うパズルのワンピースに過ぎなかったんだってことです。

世間や常識からみれば、レールから外れていくことは、本当に不安なことのように見えます。
でも、学歴が無い私が自分の店を持ち、その時その時に表現したい自己実現を果たしています。

人はそれぞれ、才能がどこか違うところで開花することをじっと待っているだけなのかもしれません。

私に一度話しを聞かせてくれませんか?今までのあなたのやり方では辿り着けない理由を、私が見つけ出し、それが分かればあとは何から手をつけていけばいいのかを、決定し行動にうつすだけ。簡単な事ですが、簡単ではないところで、みんなつまずいています。
その時、どう動けばいいか、何をやって行ったらいいのかを、経験し体験した私が口出しするのは簡単です。しかし、それではあなたの中に気づきは芽生えません。自分で気付いていけるように、みんなで話合い、みんなで一緒に気づき、もしくは、私が自分で答えを出すまで誘導し導きます。

こじ開けられなかった扉を一緒にこじ開けてみませんか?
扉の前までは一緒に歩いて行きます。扉を開けるのはあなた自身です。

他にも、ビジネスモデルを一緒に考えたり、バリ島を絡めたビジネスでのパイプ役にも力を貸す事ができます。
まずは、自分が何をしたいのか分からない人や、何をやりたいかは分かるけど、何をどうやっていけばいいのかが分からない人は、是非一度お越し下さい。
こういう人は、言い訳を必ずしてしまう傾向にありますが、その言い訳に気づいていない人がとても多いので、まずはその言い訳に気づき、言い訳をしない生き方をする事が、行動するには絶対不可欠な事だという観念を持つ事をしていきます。
ああ言えばこう言う、という人は今後、何をやっても不完全で不満な人生しか待っていませんよ。言い訳は成長の最大の妨げになるという事をしっかりと理解しましょう。

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CANDyに寄せられた皆様からの熱いメッセージ!

千葉県 T.Kさん
この携帯ケースのおかげで落とす・鞄の中で行方不明等が無くなり本当に助かっています。何よりデザインを気に入っているので、職場等色々なトコで見せびらかしてます。友人にも大好評でした!次はライズかトリップを考えています。その時はまたよろしくお願い致します。
愛知県 寺澤さん
本日、携帯ケースを頂いた寺澤です。まず一言・・・最高の作品、本当にありがとうございます。世界一のショップです。私のワガママ注文で、CANDYの作品の良い所を1つにまとめて頂き、感謝の言葉しかでてきません。ショップでのオーダーの日から、受け取る日までの間、頭の中で想像した楽しみ・・・まるで子供の頃に戻ったような気分でした。そして実物を見て、あまりにもパーフェクトすぎて使うのがもったいないくらいでした。でも使わないのも、もったいないというジレンマもありますけど、見せびらかすように身に着けます。足立さん、お会いすることができませんでしたけど、本当に有難うございました。(近くに行ったら寄ります)田中さん、オーダーの時いろいろとアドバイスをして頂き、有難うございました。また、お世話になる時は宜しくお願いします。
大阪府 木村さん
やっと、試験が終わりホッとしています。携帯ケース、どうもありがとうございました!結構、無茶ぶりなアンケートの答え方をしてしまい・・・どうなるのだろう?・・・不安や申し訳ない気持ちでした。1月29日の夕方でした、品物が届いたのは。かなり、どきどきしながら開けました。え?!びっくりしました。何にびっくりしたか・・・といいますと。形、素材が完全にPSシリーズそのものであったこと。(スミマセン)キラキラしていて、そして・・・ピンクが使われていたこと。(意外でした)フックとストラップ、どちらも使用できること。(スミマセン)これが、自分のイメージから足立さん達に作ってもらったモノ・・・意外性とすべての要望(?!)に答えてもらったのとでうれしい・・・やら、申し訳ない・・・やら、色んな感情が湧いてきました!でも、思うことはひとつです。すばらしいものを作ってくて、本当にありがとうございます!!大切にします。よければ、写メをまた送ります。(携帯からですが・・・あて先はこのメールと同じでいいんですね?)では、お体に気をつけてこれからもがんばってください。
東京都 花崎さん
足立様、田中様。
今、携帯ケースを受け取りました!月並みな言葉になってしまいますが、最高にCOOLです!!写真で眺めていた以上に素敵です!これから毎日腰にぶらさげて、育てていくのがとても楽しみです!以前にもお伝えしましたが、こんなに暖かな芸術品を届けてくれる足立様、田中様の気持ちは自分はもちろん、購入者には絶対伝わっています!伝わらなければ、不感症です(笑)これから先も素晴らしい活動を含め、がんばって下さい!!
それから、これまたCOOLなキーカバー、ありがとうございます(^ー^) オマケと言うのは失礼な素敵な作品です(^-^;
実際に手にとってみて、一生物のプレゼントになると確信しましたので、また今度オーダーさせてもらいますね。お忙しいところ、長々とすいません。それでは、また宜しくお願い致します(^人^)
香川県 木内さん
☆CANDy☆の皆様、無事、商品が届きました。この度は、本当にありがとうございました!!商品を見るなり、嫁は予想以上に喜び、感動していました。嫁は、仕事場で同僚にケースを見せるのが楽しみなようです。本当にありがとうございました。はしゃぐ様子を撮影しましたので(笑)、ファイルを送ります。新商品になったのですね。私もいい商品だと思います。私も、携帯を新しくした折には、お世話になるかも・・・今後とも、よろしくお願いいたします!
東京都 のりちゃん
先日、スネーカーホワイトを作って頂きました者です。以前、自分用にサクラを購入し大変満足していたのでプレゼント用に茶色だったスネーカーを無理を言って白に変えて作って頂きました。届いた現物を見た瞬間、とても素敵な出来映えにひと目惚れ!!ちゃっかり自分用にしてしまいました。(^^)カスタムお願いの際も快く引き受けて下さったCANDyのスタッフさん達に感謝感謝です。今後もよろしくお願いします!
北海道 悦子さん
前日、ライズの携帯ケースを作って頂きました落合です。毎日身につけて仲良くしてますのでどうぞご安心下さい。長く使えて馴染んでいくのが革製品の魅力ですね。お陰さまで携帯の居場所も定着してこれからは紛失せずにすみそうです。私は食べ物でも携帯ケースでも愛情込めてモノ作りをしてお仕事されている人が大好きで本当に応援したくなります。イメージ通りで身につけても邪魔にならず自然に生活できてとても気に入っています。
愛知県 美香さん
足立様こんにちは!!無事、到着しました!!すごい丁寧な梱包で感謝です。携帯ケースは私の好みにぴったり♪内側の赤色がいいっす☆大切に使います。しかも袋も作っていただいて感激です。いっぱいいっぱい、ウキウキな気分なんです☆うまく言葉にできませんが本当にありがとうございました。
大阪府 木村さん
先日、ココとハンターゼロを購入させてもらった大阪在住の木村です。ヤフーで携帯ケースを検索してCANDyのサイトを見つけて以来魅了された者・・・です。また、お金が貯まったら購入しようかなあ(笑)と・・・。私ごとですが、ココは嫁さんの誕生日兼結婚記念日でプレゼントしたんです。自分は元々携帯ケース愛用者だったのですが、嫁さんは何でもいい派(!?)だったのでどうだろうと悩みもしました。しかし、いつの間にか嫁さんも魅了された者・・・になってたみたいで商品が届く日は2人とも落ち着きませんでした。今は常に手元には携帯&携帯ケース・・・大満足、大事に使ってます。ありがとうございました!色々とこれからも大変だろうと思いますが、ガンバってください。影ながら応援・・・いや、たまには売り上げに協力できれば・・・とは思います(^^)/~~~いい店見つけた!みんなに言ってます。
愛知県 みづきさん
足立さん!こないだはホントにホントにありがとうございました。予想以上のものに仕上げていただいてすっごく満足です。今日もさっそく自慢してきました!また次回も是非よろしくお願いします!愛知県 みづきちゃん 名古屋でプロのヘアメイクさんをしています。
愛知県 坂井さん
こんにちは。坂井です。携帯ケース届きました〓本当に可愛くて、姪も予想以上に可愛いと大喜びでした!それと、予想外のステキなプレゼントをありがとうございました〓姪が喜んでいる姿と、Tシャツのプレゼントと、いいこと尽くしです(^-^)vさっそく、今度お揃いのTシャツで出かける約束もしました〓今回は、いろいろとわがままを聞いて下さり、ありがとうございました!これからもよろしくお願いします。
富山県 米澤さん
因みに、これ(ハンターゼロ)を見た友達や会社の人たちに「どこで買ったの?」と聞かれたのでCANDyのことを一応教えておきました。まあ、10人ほどですが・・・。こういう小物やバックにはこだわりを持つ人が多いと思うので、そういう人たちの思いに応えるべくこれからもがんばってお店を続けていって欲しいと思います。またお世話になることがあると思うので、そのときはよろしくお願いします。
岡山県 S.Hさま
無事、携帯ケースが届きました。
ありがとうございます。
めちゃくちゃかわいいですっ(*^。^*)

先日、通勤用のバッグを買ったんですが、ポケットが一つしかなくて。。。
携帯やら、鍵やら。。。いっしょに入れるとキズが付いちゃうので、携帯ケースを探していました。

どのバッグに付け替えても大丈夫なカンジに。。。とは思っていたのですがコノ通勤バッグの雰囲気にぴったり^^v
思わずお写真撮っちゃいました♪
同封してくださったカタログを見ると、バッグ等もステキで// ▽//
今回は“定額給付金で買えるケース”を探していたんですけど(笑)
いつかステキなバッグもいいなぁ。。。vv*なんて思ってしまいました。

これからも、ステキな作品を作ってくださいね。
ありがとうございました。
大切に使わせていただきます。
千葉県 H.Iさま
足立さま
田中さま

ご連絡いただき、ありがとうございます。
すみません、ワガママを申し上げまして。。。

今回は、母が妹や私のスネーカーをを見て欲しがりまして。
アンティークの方がいい、と言い出し・・・ちょうど還暦だし、ま、いいか・・・と(笑)。
そうしたら、母が親友にもあげたいとオーダーがありまして。
母とその親友とは山仲間でもあり、電話まで同じ機種にして山に行ってはその携帯で写真を撮ってくるというくらい仲が良い方なので、蛇革部分を同じ色にしてあげれば、部分のおそろい色にもなるかなぁと思ってお願いしてみました。
喜ぶと思います。ありがとうございます。

私も名刺入れは、ずっと考えていたので、ベストタイミングでした。よかった。。。
東京都 Y.Dさま
先日、携帯ケースを購入したDと言います。

先程ポストにCANDYさんからの荷物が入っていたので、何かな?と思いすぐに開けてみたら、短めのストラップが入っていました。
お手紙も入っており、あまりのうれしさに子供をギュッとして「うれしー」と叫んでしまいました。
早速付け替えてみました。ちょうど良い長さです。
子供を追いかえて走ったりする時に、携帯ケースがゆれてひっくりかえったりするので、おさえながら走っていたので、本当に本当にうれしいです。うれしかったので、すぐにメールさせていただきました。

アフターフォローまでしていただき、ありがとうございました。また、購入させていただきます。
愛知県 Tさま
田中様

携帯ケースを今日から早速使用しております。
イメージ以上の仕上がりと、たいへん満足しています。
大事に使いたいと思います。

また、利用させていただこうと思います。ありがとうございました。
  • CANDyに寄せられたメッセージの続き - まだまだ、熱いメッセージが届いてます!

不登校の君に贈りたい。一緒にモノ作り体験してみませんか?

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